好きなことをして生きていくために

二児の父、起業してみて分かったこと

書くことで分かった、ブログ執筆の思わぬ効能

ブログを始めて半年が過ぎた。

 

これまで何度かブログを立ち上げたものの、いつも長続きせず3日坊主で終わってしまった。

だから週にたった1度の更新だけど、半年間続けることが出来たのは自分にとって大きな進歩だった。

 

今では毎週水曜日の更新に向けブログを書かない生活は考えられない。

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文章を書くということ

毎週2000字から4000字程度のブログを書いている。

1本の記事を書き上げる前に、途中でモヤモヤして筆が止まってしまうこともある。

だから実質倍くらいの文字数を書いていることになる。

 

こんな話をすると、もともと書くことが好きであったかのように思われがちだが、それは違う。

ブログを書き始めるまで、ぼくは長い文章を書くことが好きではなかった。

 

子供の頃、夏休みの読書感想文もどうやって400字詰めの原稿用紙を埋めようか頭を悩ませ、句読点を無意味に使い改行ばかりして枚数を稼いでいたし、大学の卒業論文も呆れるほど適当なコピペで乗り切ってきた。

 

これまで文章を書くことに、なんとなく苦手意識があったのだと思う。

だから自分にとって「書く」という行為はちょっと精神的にハードルの高いものであった。

 

人生を変えてくれたもの

それは本を読むことだった。

書くことへの苦手意識はあったが、書かれたものを読むことは好きだった。

 

 

いま思えば、本を読むことで自分の人生は大きく変化してきたのだと思う。

 

例えば・・・

まだ飲食の世界しか知らない頃「毎日が冒険」という高橋歩さんの本を読み、目の前の景色が大きく広がっていったこと。

これは後に、業界内で違う業態に転職をする大きなきっかけとなった。

 

オーナーシェフとしての独立に不安を抱え、飲食以外の可能性を模索していた頃「金持ち父さん、貧乏父さん」を読み、自分の働き方を改めて考えるようになったこと。

そして、この本が不動産業界へ関心を持つ始まりとなった。

 

起業して数年が経ち、会社の業績とは反対に悶々と過ごす孤独な日々、その先へ進む大きな道しるべとなってくれた作家ジョンキムさんの書いた本の数々。

ジョンキムさんの書いた本の中には自分を受け入れてくれる場所があった。

孤独に不安を抱える日々、本の中にいる著者はまさに心の友であった。

 

ぼくは人生の節目で、その時に必要な本と出逢い、たくさんの学びと勇気・愛を受け取ってきた。

そんな本たちは自分にとって大切な友人なのである。

 

自分もいつか・・・

誰かの心の友になれるような本を書いてみたい。

 

本の存在の大きさを実感してきたことで、これまで文章もまともに書いたことのない自分の中にぼんやりと新しい夢が膨らんでいった。

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具体的に行動するということ

ただぼんやりした夢は、やはりぼんやりしていて・・・

夢は夢のまま終わってしまうのかもしれない。

 

昨年末に2度目の個展を開催した時、なんとなくそう思った。

 

(今ここで個展ができているのは、最初の1回があったからなんだよなぁ・・・)

 

そう思った時・・・

いつか当たり前にやっていることも、むかし自分が勇気を持って踏み込んだ最初の一歩の延長線上にあるのだと、心から理解できた気がした。

 

だから夢へ向けて進む最初の一歩として、今年の初めからブログを書いてみることにした。

「本を書いてみたい」と思ってはいても何も原稿がなければ始まらない。

だから先ずは書き始めることにした。

 

毎週2000字以上書いていけば1年で約10万字。

「そうだ、10万字あれば1冊の本になる」

そんな単純な考えからぼくのブログは始まった。

 

もちろん10万字書いたところで、スグに本が書けるわけではないことは知っている。

大切なことは夢で思っていることを現実に始めてしまうことなのだ。

 

何かをやりたいと言葉で表現する人は沢山いる。

だけど、そのやりたいことを行動で表現している人は少ない。

 

これは起業や独立に関してもそうで、自分の実体験からそう感じる。

起業したいと言う人は沢山いるけど、起業している人は圧倒的に少ない。

 

つまり夢を行動に移すだけで希少な存在になれるのだ。

そして希少な存在であれば、自分の話に耳を傾けてくれる人もいるのではないだろうか。

 

ブログ執筆の思わぬ効能

ブログを書き始める時。

自分は一体何を書くのだろうかと思った。

 

当初は表現者として「iPhone写真家、若杉アキラ」を書き連ねていくつもりであった。

しかし、自分の内面から出てくるものはそれだけではなかった。

 

これまで6年以上やってきた「起業家、若杉アキラ」がどんどん顔を出してきたのだ。

これには自分も苦笑いするしかなかった。

 

それは自分にとって無様で不格好で泥臭い日々を振り返ることであり、決して心が喜ぶ作業ではないからだ。

なぜなら起業家としての自分は、俗世界を生き抜いていくための姿であり、それは人様にお見せできるような立派なものではないと思うからである。

 

その自分の内面から溢れ出てくるものは、起業当時の苦しかったことや仕事ばかりで疎かにしてしまった子供や家族と過ごす時間の尊さを叫ぶものであった。

それは苦しかった過去を清算するために、そして自分が同じ過ちを二度と犯さないためにブログに綴り残すことにした。

 

これは毎週なかなか気の滅入る作業であったが、最近自分のある変化に気づいた。

それは自分の内面を文章に書き記すことで、あらゆる自分を受け入れ肯定できるようになったことだった。

 

実はブログを書くまで、うじうじと悩んでいた。

 

不動産の世界で生きる起業家としての自分。

iPhone写真家として生きる表現者としての自分。

 

どちらの自分が本当の自分なのか。

あまりにも違う世界に身を置きすぎて自分が何者なのか分からなくなっていた。

 

しかしブログを始め、自分の内面を文章に書き記すという作業が日常に加わったことで、起業家の世界で生きる自分が考えていることも、表現者の世界で生きる自分が考えていることも、そのどちらの自分が考えていることも自分自身深く知ることができた。

 

表面的には違うように見えることでも、一人の人間がやることは必ずその中で繋がっている。

「不動産」と「写真」という全く別の世界に身を置く自分の内面を掘り下げ、受け入れ理解してくれたのは「書き手」としての自分であった。

 

今では「書き手」としての自分を中心に、それぞれ異なる世界に身を置く自分たちが互いに手を取り合い、それぞれの世界を探求し続けている。

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毎週水曜よる9時更新