好きなことをして生きていくために

二児の父、起業してみて分かったこと

やるべきことを躊躇せずにやる方法

もう10時かぁ・・・まだ眠い。

眠いけど、そろそろ起きなくては・・・

 

(今日やるべきことは、役所へ物件調査に行くのとデスクワークだけだったな・・・)

 

起業して3年ほどが経ち、会社は軌道に乗り始めた。

これまで殆んど休みナシでやってきた反動なのか、このところ僕は少しずつ怠け始めていた。 当時は「忙しい、忙しい」と言って仕事をしていたが、ただ自己管理が出来ずに何もかもが後手後手にまわり忙しく感じているだけであった。

 

仕事を始める時間も決めていなければ、終わりの時間も決めていない。だから夜遅くまでだらだらと仕事をしてしまう。家に帰ってからもなんとなくスマホを眺め、夜更かしをしてしまい床に就くのは深夜の2時過ぎだった。

 

そして、目が覚めると時計の針は朝の10時をまわっている。だけど、まだ眠い・・・

 

眠い・・・でも、このままではダメだ!

自分のだらしなさに嫌気がさす。

 

しかし、そうは思ってもなかなか行動できない自分が、いつまでも布団にくるまってだらだらと二度寝、三度寝と繰り返しているのであった。

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行動できないのは

行動する必要に迫られていないから 

 

自分のだらしなさに嫌気がさす。

起業したての頃は、朝7時には起きて仕事を始めていた。

会社を背負っていく緊張感や恐怖心と日々目減りしていく預金残高のことで頭の中はいっぱいだった。その恐怖や不安を解消するために、ぼくは仕事をせずにはいられなかった。仕事で結果を出すことで不安や恐怖を無いものにしようとしたのだ。

 

それは「好きだからやる」とか「やりたいからやる」とか、そんなポジティブな動機ではなくて「やらなければ生活していけない」という恐怖や不安に突き動かされてのことであった。

 

つまり、ぼくは約3年もの間、行動する必要に迫られ続けていたことで、行動を起こし続けていたのだ。

 

ただ時は経ち、会社が軌道に乗り始めると、少しずつ自分が怠けていくのが分かった。要領よくやっていると言えばそうなのかもしれないが「自分はもっとできるはず」と思っている自分が心の中にはいて、エネルギーは余っているのに行動できない自分に腹を立てていた。しかし、そんな自分のままでも仕事はまわっていくので、一度身についた怠癖はなかなか直らなかった。

 

行動する必要に迫られるまで

いま情熱を傾けられる対象に集中する

 

たぶん暇だったのだ。

起業して会社が軌道に乗り始めた3年目から5年目くらいまでの間、ぼくは暇だったのだ。

 

だから怠癖もついて、なかなか行動することができなかった。ただ自由な「時間は」あったのだが、自分が何をやりたいのか、何が好きなのかも分からずに悶々と自問自答する日々が続いていた。仕事以外にこれといってやりたいこともなく、だからといって新規事業を立ち上げるテンションでもない。

 

これまでは生活費を稼ぐことを第一目標に仕事をやってきたが、これからは生活を楽しむための活動を仕事にしていきたい、そんなふうに思っていたのだ。

 

しかし、その生活を楽しむための活動が自分にとって何なのか・・・

 

※それを見つけるまでの話は、WebマガジンORDINARYに詳しく書きましたので、ご興味のある方は目を通して頂けたら嬉しいです。

ordinary.co.jp

 

その「自分の好きなこと」に気づくきっかけとなったのは、近所の河原や公園を歩くことが日課の散歩であった。散歩中に握りしめていたiPhoneでたまたま撮った写真がすごくキレイに撮れていて、ちょうど使い始めたインスタグラムに投稿してみたのだ。すると見ず知らずの人から「いいね」がついたり、コメントがついたり、自分がいいなって思った瞬間をいろんな人と共有できるのが楽しくて一気にハマってしまった。

 

その後、写真への熱はますますエスカレートして、インスタグラムに写真を投稿してから1年半後には初の個展を開き、今秋開催する個展で自身4度目となるが、その熱はまだまだ当分冷めそうもない。いつもの日常にある、いつも違う、今この瞬間を、心が動いた今この瞬間を、写真に収めるのが楽しくてたまらない。

 

それは自分にとって「宝探し」のような感覚で、子供の頃にやっていた虫採りや魚釣りと同じような感覚なのだ。そして今は好きな遊びを仕事にしてしまおうとこっそり企んでいるのだ。

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やりたいことを優先させれば

だらだらしている暇はなくなる

 

写真を撮り始めたことで自分の行動にメリハリがついた。

毎日の暮らしの中で、自分の好きなことをやる時間を優先させた結果、だらだらとしている暇がなくなってしまったのだ。

 

あれほど苦手だった早起きも、朝陽を撮りに行きたいと思えば寝過ごすことはなかった。

終わりの時間も決めずにだらだらとやっていた仕事も、夕陽を撮りに行きたいと思えば集中して短い時間で終わらせることもできた。

なんとなくスマホをいじり夜更かしをする時間もなくなった。夜更かしをしていると早起きできないから嫌なのだ。

 

怠け者の自分にいくらガンバレ、行動しろ、と心の中で叫んでも、本心は「まだ大丈夫だ」と思っているので、なかなか行動に繋がらない。

 

しかし、自分の好きなことに多くの時間を使い、やるべきことをやるための時間が少なくなった時、ぼくは行動する必要に迫れられ、まごまごと躊躇することもなく行動することができたのだ。

 

夏休みの宿題は後回し派だった

先に遊んでも宿題はきっちり終わる

 

いま思えば子供の頃、夏休みの宿題は後回し派であった。

もともとは「先にやる派」であったが、まだまだ夏休みは長いと思うと全く集中できなかった。机の前には座っているのだが、全然先に進まない、だから諦めて自分の楽しみである虫採りや魚釣りに行くのであった。

 

そんな日々が続き夏休みも残り2日。そうなるともう後がない、やるしかない。なんとか登校日に宿題の提出を間に合わせるため、何も躊躇することなく机に向かい、時間との競争の中で、高い集中力を持って宿題に取り組むことが出来るのである。そして宿題は必ず終わらせることができた。

 

だから夏休みが40日間あったとして38日間は宿題のことは一切考えない。ただ、考えないようにしても頭の片隅には必ずある、そんな状態であった。そして残り2日間は、38日間思う存分楽しんだのだから2日くらいは頑張ろうという気持ちも芽生え、あと2日間で宿題を終わらせなければ先生に怒られる、という恐怖心も利用して、理性的にも感情的にも宿題をやらなければいられない状態を作っていたのだ。

 

もちろん小学生の時に、ここまで考えていたわけではないが、あえて追い込まれる状況を作り出した方が良い結果に結びつく、ということはなんとなく分かっていた。少なくとも自分はそういうタイプの人間だと思っていたのだ。

 

もちろん毎日やるべきことをコツコツやることも大切だとは思う。何事も毎日の積み重ねが重要だということも理解はしている。

 

ただ、ここで言いたいのは「戦略的に火事場の馬鹿力を使う」ということなのである。

 

無意識に追い込まれる状況は危険であるが、意識的に追い込まれる状況を作り、その中に身を置く分には自らの防衛本能も働き、たとえ失敗しても大怪我はしない。

 

つまり「戦略的に火事場の馬鹿力を使う」ということは、少なく限られた時間の中で、理性的にも感情的にも躊躇せず最大の集中力を持って、より短い時間でやるべきことを完了させられる方法なのである。

 

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ここで学んだこと

 ・やりたいことではなく、やるべきことは、必要に迫られて行動する傾向にある。だから必要に迫られるまで、だらだらとして行動ができない。行動していたとしても切羽詰まっていないので動きが鈍く作業に時間がかかる。

 

・まだ行動する必要がないと思っている状態で行動をしても高い生産性は望めない。だから行動する必要に迫られるまで、いま情熱を傾けられる対象に集中する。

 

・意識的に追いこまれる状況を作り「戦略的に火事場の馬鹿力」を利用することで、より少ない時間で、より高い集中力を持って、やるべきことを完了させることができる。

 

 

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