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二児の父、起業してみて分かったこと

仕事に「不動産」を選んだ理由

2018年4月23日配信。

「しなキャリ図鑑」インタビュー掲載記事より(一部抜粋)。

全文の掲載記事はコチラ↓↓↓

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シニア不動産コンサルタントのチカラ(1)

<なぜシニア不動産コンサルタントになったのですか?>  

大学卒業時には、まさか自分が今のようなキャリアを歩んでいるとは思っていませんでした。

子供のころから設計士として家で仕事をしていた父親の背を見て育ち、自由に自分で時間を組んで働くワークスタイルに興味や憧れを持っていました。大学時代は一人暮らしをしていましたが、生活費を稼ぐため、まかないもある飲食店でキッチンスタッフとしてアルバイトを始めました。最初は本当に失敗ばかりで怒られてばかりだったのですが、「こんな人になりたい」と思える料理長との出会いがあり、だんだんと料理の面白さに目覚め、就職活動の頃には、料理の道でいつか起業することを決めていました。

在学中はいつかの起業につなげようと、フレンチやイタリアンなど様々なスタイルの飲食店で短期間のアルバイトをして、卒業後は先輩シェフが新店舗をオープンさせるということで、その店で社員として働きだしました。f:id:akira-wakasugi:20181031144737j:image当初はそこで何年か修行させてもらいながら、腕を磨かせてもらう予定でしたが、そのお店はとても忙しく、まかないの時間以外は朝から晩までノンストップで働き続けていました。ただそのおかげで効率的な仕事の取り組み方が体に染みつきました。ある時、そこで働いている仲間たちの笑顔の少なさに、自分が世の中に提供したいものは何なのかを真剣に考えるようになりました。

その結果、自分が提供したいのは、料理以上に「人を笑顔にできる空間」なのではないか、と気づきました。そう思ったときに一緒に働く仲間たちが笑顔になれない空間に疑問は募り、料理も含め空間や食器などトータルで人を喜ばせることがしたいと考え、転職を決意しました。自分で都内の店をいろいろと食べ歩き、好きな空間や料理を提供している店をいくつも回りました。その中で最もピンッときた二子玉川のカフェにシェフとして転職しました。

その店は、メニューの構成や店舗レイアウト、従業員のシフト管理など、いろいろやらせてもらえた思い入れのある店なのですが、入社当初から集客に苦戦していて、僕も大好きな店をつぶしたくないという思いから、シェフでありながら、街に出て積極的に呼び込みを始めました。この店で見ず知らずのお客様を呼び込む仕事をしたことは、人見知りだった自分にとって、こののち営業の仕事をする際に心理的なハードルを下げてくれた経験だったと思います。

結局その店は経営不振でたたむことになり、僕は独立を考え始めました。24,5歳の頃です。でもリアルに計画を立て始めたとき、今まで働いてきた飲食店のオーナーシェフを思い起こすと、たとえ店が繁盛しても料理人としての独立は自分が倒れたら店が回らなくなるのが目に見えていました。

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そんな時、料理人だけれど、ビルのオーナーをしている人の存在を知りました。その人を見ていると、いつも余裕があって、同じ飲食店のオーナーなのに、全く違うなと思い、そこから不動産に興味を持ち、独立のために料理の仕事もしつつ、不動産の勉強もしてみようと、休憩時間はずっと不動産の本を読んでいました。すると、料理のメニューを考えるより、不動産の勉強をする方が楽しくなっちゃったんですよね(笑)。そこからは方向転換。お金のことを学べるファイナンシャルアカデミーにも通い、いつか不動産オーナーになるためにも賃貸ニーズをつかもうと、苦戦しながらも地場の不動産会社に転職しました。

不動産を買うには安定した給与収入があったほうがいいため、「まずは3年間その会社で不動産を学びながら社員として働き、物件を買おう、買ってからその先も考えよう」と思っていました。ところが、宅建を取得した頃から、残業地獄が始まり、自分の仕事は終わってもみんながいるので帰れない、遅くまで不毛な残業をする日が増えました。今後について悩み、ネットでいろいろ調べていた時に、いまの自分にも不動産屋を始めることができるということを知り、行政書士に相談し、そこから一気に独立に向けて動き出しました。

その頃、子供が生まれることもわかり、子供が生まれたら新たなことに挑戦しづらくなりそうだなと思ったことも、独立に向け背中を押してくれました。物件を買うために貯めていた500万円を創業資金に、半年間は無収入でも、家族が食べていけるくらいはなんとかなると考え、半年をデッドラインに起業しました。でも刻々とそのデッドラインは近づき、あと2か月くらいしか資金が持たないところまで来た時には、本当に窮地に立たされた気持ちで必死でした。

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独立当初は、法人向けビジネスのみ。個人相手の仲介はしていませんでした。ただ、それだけでは生活は成り立たず、たまたま預かっていた物件を家探しに苦労されていた高齢者の方にご紹介したことがあったんです。そしてその高齢者の方を取り巻く行政やソーシャルワーカーの方とも話をするようになり、そのうちに病院や行政から直接高齢者向け住宅についての相談が来るようになったんです。そこから一般のお客さん、高齢者の方とも直接関わるようになりました。それでだんだんと口コミが広がり、今では医療機関や行政などのソーシャルワーカー400人以上の方とのネットワークが築けました。今でも紹介と口コミだけでうちの会社は成り立っています

会社員時代から、高齢者の方の物件が不足していて、高齢者の方が家探しに苦労されているのを目の当たりにしてきました。高齢者の方の物件は賃料も安めの物件だったりするので、不動産業者もマージンが低いので扱いたがらないんですよね。

でも一方で高齢者の家探しというのは、お客様も物件が少ないのを承知されているので、ご紹介から決定までのスピードが速かったりもします。賃料が低いので仲介単価も低いですが、決定する率は高いので、確実な接客につながるという意味では、そこに商売としての可能性はあると思っていました。

今は、「高齢者の方の仲介業」が安定したことで、その資金を元手に物件を買い、金融機関から融資を受け、さらに物件を買い、高齢者の方に貸すという「賃貸物件の供給」もしています。

今年で起業8年目。独立してしばらくの間は週7日、朝から晩まで仕事をしていましたが、仕事の自動化や省略化、賃貸物件でも収益が上がるようになってきたことを踏まえ、5年目に差し掛かる頃から働き方を見直すようになりました。今は週3日不動産業をしながら、残りはiPhone写真家として、より好きな表現活動にもエネルギーを注いでいます。ようやく自分のありたいライフスタイルに近づいてきた感じです。

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⭐︎今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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