好きなことをして生きていくために

二児の父、起業してみて分かったこと

取り戻せる時間と取り戻せない時間

取り戻せる時間と取り戻せない時間。

いつも2つの時間は天秤にかかって揺れている。

何かを選ぶということは何かを選ばないということ。

その判断と行動の積み重ねが今の自分を作っている。 

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叶わなかった仕事と家庭の両立

 

長女がもう少しで3歳になる頃だったと思います。「仕事も家庭も充実させたい」そう頭では思っていてもなかなか行動に繋げられない自分がいました。

 

当時は起業して3年ほど経過し、いま思えば仕事もだいぶ安定してきた頃でした。しかし、起業後わずか半年で廃業寸前まで追い込まれた恐怖心が自分をどこまでも仕事へと駆り立てていたのです。

 

家族との時間を充実させるためにも土台となる生活を守らなくてはいけない。土台となる生活を守るためには家族が暮らしに困らないだけのお金を稼ぎ続けなくてはいけないと。

 

だから何か特別な予定がない限り、土日平日も関係なく、睡眠と食事以外ほとんどの時間を仕事に充てていました。それが家族の生活を守り、家族の幸せに繋がると信じて疑いませんでした。

 

少なくとも今は仕事に打ち込むべきだと思っていたのです。 

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娘の成長で知った二度と戻れない日々

 

そんなある日、いつものように仕事に向かう準備をしている時のことでした。娘を公園に連れて行ってあげてほしい、どことなく思いつめた表情で妻がぼくに言いました。

 

それもどうやら家のすぐ近くにある公園で、これから仕事をしようと思っていたぼくは一瞬考えましたが、妻の様子を察して娘と公園に行くことにしました。

 

正直、当時3歳になる前の娘と二人きりで出掛けるのは不安でした。妻がいない状況で自分一人だけで面倒が見れるか心配だったのです。

 

公園までは歩いて5分ほどの道のり、通りすがりのガラス窓に映る小さな娘と手をつなぐ自分。もう少し近寄って見るとさっきまでの仕事モードが嘘のように柔らかく変わっていた。

 

公園に着くと娘は駆けまわり好きな遊具から順に遊んでいく。しばらく横で眺めていると、この前まで、ひとりで漕げなかったブランコをひとりで漕げるよになっていたり、ひとりで登れなかった滑り台にもひとりで登れるようになっていたり・・・

 

ちょっと見ないうちに成長したなぁと思うわけで、なんだか・・・あっと言う間に親の手から離れていく。そばで話すママさん達の会話を聞きながら公園のベンチに座っていると、自分もパパになったんだなぁと実感した。

 

しばらくすると公園中を駆けまわり汗びっしょりになった娘が駆け寄ってきて、この前はママとあれをしたこれをしたと話してくれる。

 

そんな話を聞きながらぼくは何もしていないなぁと思い、娘の成長や家族との時間、これまでのことを振り返ってみると、もう二度と「取り戻せない時間」ばかりであったことに愕然とした。

 

自分は大切なことを見失っていたのかもしれない・・・

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取り戻せる時間と取り戻せない時間

 

帰宅して妻と話をすると、娘の友達は休日にパパと二人きりで出掛けることも多いという。

 

そんな話しを聞いた娘が「パパと二人でお出掛けがしたい」ということに、しかし、普段から「パパがお仕事がんばってくれているからママたちはご飯が食べられるんだよ」と妻に言われている娘は、いつも仕事ばかりしているぼくに「公園に行きたい」とは言えなかったのです。

 

あぁ、ぼくは何も分かっていなかった。

妻の気持ちも、娘の気持ちも・・・

 

ぼくは仕事に打ち込むあまり娘の成長をずいぶん見逃してしまった。それは今いくら後悔しても二度と戻らない時間。起業当初は忙しく、なかなか休みを作ることができませんでした。しかし、娘と近所の公園に行く1、2時間くらいならいくらでも時間を作ることはできたはず・・・

 

ぼくはいつも仕事の時間ばかりを優先して、もう二度と「取り戻せない時間」があるということに、なかなか気づくことができませんでした。それも毎日忙しく仕事をすることで「自分は家族のために頑張っているんだ」と思い込んでいました。確かに仕事に打ち込むことで家族の生活を守ることはできたかもしれませんが、精神的には寂しい思いをさせていました。

 

ただ、家族の寂しさを薄々感じていた自分も寂しかった。寂しかったけれども生活の安定が心の安定になると自分に言い聞かせ働きつづけてきました。その働き詰めの毎日が自分は家庭人でもあることを忘れさせ、夫や父親であることよりも仕事人としての自分ばかりが顔を出し、娘の成長と共にあったはずの家族の思い出を失ってしまったのです。

 

自分がどんな選択をしても時間は止まってはくれません。家族の生活を守るためにも仕事は大切なことです。しかし、仕事の時間は後からだって取り戻すことができるのです。

 

今日やろうとしていたことを明日にまわしてはどうでしょうか。

そのやろうとしていたことを延期してはダメでしょうか。

 

これは仕事を後回しにすることを推奨しているわけではありません。ただ「今やらなくてもいい仕事や今やらなくてもいい雑多な用事を見極めよう」という提案です。それらに使う時間は後からいくらでも「取り戻せる時間」です。

 

「取り戻せる時間」は後から取り戻せばいいのです。

 

だから「取り戻せない時間」の方が「取り戻せる時間」より、ぼくにとっては大切です。そのためには今という時間をしっかりと見極め、悔いのない選択をしなければと思うのです。

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⭐︎今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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