好きなことをして生きていくために

二児の父、起業してみて分かったこと

言葉と気持ちはつながっている

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同じものを見聞きしても人によって捉え方は違う。

それは大人になれば誰もが知っていることなのかもしれない。

 

しかし、その捉え方や解釈に現実を変える力があるということはあまり知られていない。これは以前、妻と長女の転校について話していた時のことでした。

 

幼稚園を卒園して小学校に上がる前のタイミングで引っ越しをした方が良いのか、それとも理想の物件が出てくるまで待ってから引っ越しをした方が良いのか。どちらにしても我が家は次女が生まれ手狭になった家からの引っ越しを考えるタイミングに差し掛かっていました。

 

ぼく自身、幼稚園年中の秋に家を引っ越した経験があり、慣れ親しんだ幼稚園から離れるのは嫌だと駄々をこね、引っ越してからは片道20分ほどかけて母親に車で送り迎えしてもらっていました。

 

ぼくにとって転園や転校はとてもネガティブなことだったのです。しかし、逆に妻は「転校したい派」だったというから驚きです。

 

それは学校が嫌だとか友達が嫌だとかそういう理由ではなく、「転校生は人気者で新しい友達もできそう」という、思いっきりポジティブな考えを持っていたのです。

 

その話を聞き、「転校したい派っているのか!」という驚きと同時に、大人になった今そう言われてみれば「確かに」と思う自分もいるわけで・・・

 

子供の頃からそうやって物事のポジティブな側面を見つけられたら、どんなに生きやすかっただろうかと妻のことをちょっと羨ましく思うのです。

 

つまり出来事そのものに良い悪いはなく中立だということです。ときに「これは絶対に良く見える、悪く見える」ということもありますが、それはぼくたちがそのような視点に立って物事を眺めているだけのことなのです。

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現実は思い込みから始まり、

その根拠を見つけることで完成する

 

ぼくたちはある出来事に対して自分の価値観に基づき解釈をします。そこで不快に思ったりマイナスな要素を見つけると、その正しさを裏付ける根拠を見つけ出そうとします。逆に楽しかったりプラスの要素を見つけたときも、その正しさを裏付ける根拠を見つけ出そうとするのです。

 

どちらにしても自分の探しているものはたいてい見つけ出すことができます。要するにどんな選択をしても、ぼくたちは自分の価値観に基づいた解釈の正しさを裏付ける根拠を見つけ出すのです。

 

ぼくは転校することで慣れ親しんだ場所を離れたり、今いる友達と離れるといった不安や寂しさばかりに気を取られ、転校についてネガティブなイメージを持っていました。逆に妻は転校することで新しい世界を知れること、新しい友達ができるかもといったワクワクや楽しさにフォーカスしていたので転校することをポジティブに捉えていました。

 

誰だって転校すれば慣れ親しんだ場所を離れ、今いる友達と離れていくこともあるでしょう。逆に転校することで新しい世界を知り、新しい友達ができるという可能性もあるのです。

 

それはどちらも真実であり、どちらも幻想と言えるでしょう。人は自分が「こうだ」と思った側面を現実として捉え、つい異なる側面を見落としてしまいがちなのです。

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無意識の反応による現実から、

意識の力で見たい現実に変えていく

 

ぼくたちは成長する過程で、自分の置かれてきた状況により、何がプラスで何がマイナスかを無意識に判断するようになっています。つまり中立的な出来事に対して「これはプラス、あれはマイナス」と決めつけているのは自分の無意識による反応なのです。

 

そこで無意識に反応していた出来事と判断の間に意識の力を介在させ、自分が普段ネガティブに捉えていた出来事に対してポジティブな解釈を加えることで、まったく同じ出来事の中から楽しさや喜びを見い出すこともできるということです。

 

もちろん100%不快な状況がなくなるわけではありませんが、もしも今あなたが苦しい状況にあったとしても、それを何か少しでもプラスに変えることができると分かれば、思わずネガティブに反応してしまうような出来事も受け入れやすくはなるでしょう。

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あなたの言葉があなたの現実をつくっている

 

あなたの見ている現実は、あなたが解釈した現実です。

 

その現実をつくりだす解釈は言葉によってなされます。もちろん人には言葉にならない感情や無意識による反応もありますが、意識的な解釈は声で発する発しないに関わらず言葉によってなされるのです。

 

言葉と気持ちはつながっています。

 

たとえば仕事から帰宅して「ああ、疲れたぁ」と言えば当然疲れた気持ちになります。疲れたと言って元気になる人はいないでしょう。そこで「よ〜し、今日もよくやったぁ」とか「ほんと、よくがんばったぁ」と自分を褒めてあげれば、喜びや達成感という仕事のポジティブな側面を見い出すことだってできるのです。

 

そしてもう1つ、連日35度超えの気温が続いているからといって、「あつい、あつい」と言っても暑さは和らぎません。それならいっそのこと「いい、プール日和だぁ」と言ってしまえばなんだか気分も涼しくなってきますし、「いい、洗濯日和だぁ」と言ってみればこの暑さが生活の役に立っている側面に気づくこともできるでしょう。

 

これらはどれもある出来事の一面を捉えているだけです。物事はいつも中立でそれに対して良い悪いやプラスマイナスという評価を付けているのは、ぼくたちそれぞれが見る視点・捉え方だけなのです。

 

現実は物事の解釈ひとつで変えることができます。

その解釈は意識下の言葉によって行なわれます。

 

つまりあなたの言葉があなたの現実をつくっているということです。これは誰にとっても真実であり、また誰かにとっては幻想なのです。

 

さあ、あなたはどう解釈しますか?

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⭐︎今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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